
▪️書を通して「今、この瞬間」を見つめる全25作品を、客室とレストランにて展示
現代アートの島・直島に佇む本格旅館「直島旅館 ろ霞(ろか)」は、館内で展開するアートプログラム「FEATURED ARTIST」の第10弾として、書を基盤に国内外で活動するアーティスト・金子祥代(かねこ さちよ)による個展「時よ、とどまれ」を開催しています。
本展は、2026年9月15日(火)から2027年4月19日 11:00まで開催。ろ霞の全客室とレストランに、掛け軸として仕立てられた全25点の作品を展示しています。

▪️「今、この瞬間」に立ち会う書
金子祥代氏は、中国と日本の古典臨書によって培った書を基盤に、伝統的な書作品にとどまらず、現代アートとしての平面作品、映像、パフォーマンスなどを世界各地で発表しているアーティストです。
金子氏が本展の作品を準備していた時期に出演したのが、マーラーの交響曲第8番でした。その第2部では、ゲーテの戯曲『ファウスト』の最終部分が用いられています。
『ファウスト』の言葉と向き合うなかで、金子氏の心に浮かび上がったのは、「今この瞬間を精いっぱい味わうことが、生きること」という思いでした。
そこから生まれたのが、ろ霞で過ごす人々の「今、この瞬間」に立ち会うための作品です。
書の原点である文字へ立ち返り、作品を掛け軸として仕立てることで、長い歴史のなかで受け継がれてきた形式と、現代を生きる金子氏自身の感覚を重ね合わせています。
展覧会名の「時よ、とどまれ」は、『ファウスト』に登場する「時よ、とどまれ、お前は実に美しい」という言葉に由来します。
移りゆく時間のなかで目の前の一瞬を味わい、そこにある美しさを見つめること。本展は、旅館で過ごす時間そのものへ意識を向ける試みでもあります。

▪️始まりも終わりもなく、すべてはつながっている
本展の隠れたテーマとして位置づけられているのが、第一室に展示された《萬法帰一》です。
「萬法帰一」は、あらゆるものは一つへと帰り、始まりも終わりもなく、すべてがつながっているという仏教思想を表す言葉です。
この思想は、「阿」と「吽」によって宇宙の始まりから終わりまでを象徴する《あうん》をはじめ、本展のさまざまな作品へとつながっています。
作品には、《愛》《楽》《観》《虹》《ようこそ》《またあした》といった身近な言葉から、日本の和歌や俳句、李白の漢詩、メキシコの現代詩を題材としたものまで、異なる時代や文化に由来する言葉が選ばれています。
「人生のどの段階にいても、自分の人生の真ん中にいるように過ごす」という思いを込めた《長生未央》、旅の翌日も人生の明日も晴れるようにと願う《天気になあれ》、宿を訪れた人を迎える《ようこそ》など、作品には、ろ霞で過ごす人々の時間に寄り添う言葉が込められています。
個々の作品は異なる言葉や風景を持ちながら、現在と過去、日本と世界、人と人、そして一つひとつの時間がつながっていることを静かに伝えます。

▪️線に刻まれた身体と時間
金子氏は、書を「線の芸術」と捉えています。
一本の線には、紙の上に残された形だけでなく、筆が紙へ近づき、触れ、離れていくまでの動き、筆圧や速度、作家の呼吸や感情、そして作品が生まれるまでの時間が刻まれています。
鑑賞者が線を目で追うことは、作家が筆を動かした身体と時間を追体験することにもつながります。
本展では、墨による表現を中心に、作品によって純金、雲母、料紙なども使用されています。線の強弱や墨の濃淡、にじみ、紙の質感、金や雲母が光を受けて見せる表情も、それぞれの作品を形づくる大切な要素です。
金子氏にとって、余白は何もない空間ではありません。
見る人の記憶や感情、想像力が入り込み、その日の風景が生まれる場所です。レストランに展示された《百花繚乱》では、あえて表具まで白で統一し、鑑賞者が余白のなかに思い思いの花と色彩を描く「余白遊び」が試みられています。

▪️客室で作品と過ごす時間
ろ霞では、作品を単に「鑑賞する」だけでなく、客室という私的な空間のなかで、時間をかけて向き合う体験を大切にしています。
客室に到着したとき、夕暮れを迎えたとき、夜の静けさに包まれたとき、そして翌朝に目を覚ましたとき。同じ作品であっても、光や心の状態によって、線や余白から立ち上がる風景は少しずつ変化します。
「今、この瞬間」を見つめる本展の作品は、旅館に滞在しながら、一つの作品と繰り返し出会う時間と深く響き合います。
直島の自然に囲まれた静かな客室で、墨の線をたどり、余白に思いを巡らせながら、自分自身の時間を味わっていただける展示となっています。

▪️アーティストプロフィール
金子祥代(Sachiyo Kaneko)
金子祥代は「墨の詩人」である。
7歳で書道を始める。中国と日本の古典臨書で培った書を基盤に、伝統的な書道作品にとどまらず、「Under the Moonlight」シリーズに代表される現代アートとしての平面作品、映像作品、パフォーマンスなどを世界各地で発表している。
津田塾大学で国際関係学を専攻。これまでに4大陸、30を超える国々を訪れている。
長年にわたり東洋の伝統芸術を深く掘り下げる一方で、広く世界へ目を向けてきた。この異なる二つの視点が、金子氏の作品に独自の表現と世界観をもたらしている。
日展、ル・サロン・ドートンヌへの入選をはじめ、受賞多数。現在はスペイン・マドリードを拠点に、日本をはじめ世界各地で活動している。
主な作品収蔵先に、P&G Japan、神戸大学農学部、MUAC(メキシコ国立自治大学現代美術館)、La E.O.I. de Collado Villalba(スペイン)、みずほ銀行シンガポール支店、INPEX Abu Dhabi(UAE)など。
公式サイト
https://www.kinkochan.com/
▪️アーティストコメント
日本の伝統美術である書を未来へ、世界へ、という思いを胸に活動しています。
国際的に注目されているアートスポット直島、その中でもこだわりを持ち上質な空間を提供している「ろ霞」は、まさにそれを実現できる場所。嬉しく、ありがたい限りです。
今回の展示作品の準備中に、マーラーの交響曲第8番への出演がありました。
書と合唱。書作の中で歌への理解が深まったり、歌と向き合う中で書の理解が深まったり、私にとっては切っても切れない関係にあります。
マーラーの交響曲第8番第2部の詩は、ゲーテ『ファウスト』の最終部分です。理解が難しい箇所があり、まず『ファウスト』のおさらいから始めました。
そして、ようやく自分なりにしっくりくる訳が見つかったとき、そこにはまるで仏教のような思想が現れました。仏教自体への理解もまだまだですが、今の私に聞こえてきたメッセージは、
「今この瞬間を精いっぱい味わうことが、生きること」
というものでした。
それは、最近の自分自身のテーマとも重なりました。
ろ霞で過ごすお客様の、今この瞬間に立ち会う作品をつくる。
そう考えたとき、筆に導かれてできたのが今回の作品たちです。
書の原点に立ち返り、文字作品を掛け軸にしました。
21世紀の今を感じられる書。未来に向かう伝統をご覧ください。
▪️展覧会概要
展覧会名:金子祥代「時よ、とどまれ」
会期:2026年9月15日(火)~2027年4月19日 11:00
会場:直島旅館 ろ霞
展示場所:全客室およびレストラン
展示点数:25点
※客室内の作品は、ご宿泊のお客様にご覧いただけます。宿泊者以外の鑑賞については、事前に当館へお問い合わせください。
▪️直島旅館 ろ霞について
「里山の風景に触れ、現代アートを堪能する旅館」として、2022年4月に開業した直島初の本格旅館です。
全11室の客室は、現代的な和の設えによる全室スイート仕様。木、土、石など、瀬戸内海周辺の自然素材を取り入れています。
館内には、国際的に活躍する名和晃平の彫刻と写真をはじめ、現代美術の第一線で活動する日本人アーティストの作品を展示。旅館という滞在空間のなかで、作品と時間をかけて向き合う、新たなアート体験を提案しています。
囲炉裏の火を意味する「炉火」。
朝霧や靄を連想させる「霞」。